もし観ていなかったら学生時代に観ておいた方がいい映画(邦画編)

七人の侍 1954


(パッケージはamzon.co.jpより。以下同)

「七人の侍」は日本映画史上最高傑作の誉れも高く、世界映画史の中でも注目され、スピルバーグなど海外の映像作家にも多大な影響を与えた作品。クライマックスの決戦シーンで、今では当たり前になった、1つのシーンを複数のキャメラで撮影するマルチカム方式が採用されている。この映画についてはもはや一般教養のレベルであり、出来れば劇場(大画面)で観て欲しいが、パッケージソフトでももちろん可。最新のDVDやBlu-rayでは、画質もレストアされ、音声も多チャンネル版が選択できるが、最初はオリジナルのモノラル版で視聴すべき。台詞が聞きとりにくい場面は、日本語字幕入りで見ればいい。この映画が公開された後、黒澤明のところに自衛隊の幹部が訪れ、村を守る戦術についてどこで知ったのか尋ねたという。映画の中の戦術が自衛隊で教える戦術と同じだったからである。もちろんこれは黒澤や脚本の橋本忍らオリジナルで、特定秘密を盗んだわけではなかった。黒澤作品では他にスターウォーズEpisode4(スターウォーズ第1作 1977)の元ネタになった「隠し砦の三悪人」(1958)、クリントイーストウッドの出世作「荒野の用心棒」(1964)の原作(としてイタリアにパクられた)「用心棒」(1961)や、その続編「椿三十郎」、誘拐事件を誘発したとされ、刑法改正のきっかけになった「天国と地獄」(1963)、黒澤ヒューマニズムの集大成「赤ひげ」(1965)なども必見。


ゴジラ 1954
  画像右はクライテリオンによる最新レストア版。

「ゴジラ」は「七人の侍」と同じく昭和29年(1954)に公開されたSF(特撮怪獣)映画。実写編の監督は黒澤明の盟友で、晩年には黒澤作品の演出補佐も務めた本多猪四郎(ほんだ いしろう 日大芸術学部卒)。特撮編は円谷英二。公開時「七人の侍」を上回る空前の大ヒットを記録し、このコンビが創り出すその後の東宝特撮シリーズは、海外でも売れに売れ、貧しかった日本の外貨獲得に大いに貢献した。
1954年3月、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験に遭遇したマグロ漁船「第五福竜丸」が被爆し、半年後に無線士の久保山愛吉さんが亡くなった。「ゴジラ」の着想はこの事件によるとされ、水爆放射能を帯びた巨大生物が東京に上陸するというストーリー。特撮自体は現在から見れば稚拙に映るかもかもしれないが、ゴジラの造形や無機質な表情には恐怖を覚えるクオリティの高さがある。ちなみに福島原子力災害が起きたときすぐに見直した作品だが、ラスト近くで女子生徒が合唱する「平和への祈り」は、3.11被災者への鎮魂歌に聞こえた。東宝特撮シリーズでは他に「空の大怪獣ラドン」(1956)「モスラ」(1961)なども観ておきたい。
2014年、ハリウッド2度目のリメイク版が公開!

日本のいちばん長い日 1967


「日本のいちばん長い日」は昭和史の大家である半藤一利の同名ノンフィクションを原作(初版は大宅壮一名義)に映画化した東宝創立35周年記念映画。タイトルは、昭和20年8月15日正午の終戦を告げる玉音放送に至る1日を指している。ポツダム宣言(日本への降伏勧告)受信後、終戦までの間に何が起こったのかが克明に描かれており、政府や軍関係者などが実名で登場する。一部事実との違いも指摘されているが、概ねは史実に忠実に描かれていて、日本人としては、観ておくべき映画だと言える。原作は24時間を1時間毎に1章単位で記述されているが、8.15以降の後日談も描かれており、できればこちらも読んで欲しい。

第二次世界大戦における、日本の対米戦争を扱った映画では、226事件〜対米開戦〜原爆投下までを描く東宝映画「激動の昭和史 軍閥」(1970)、真珠湾攻撃を描いた20世紀FOX「トラ・トラ・トラ!」(1970)なども観ておきたい。

「軍閥」では、戦前の大日本帝国憲法の最大の欠点である「統帥権」の存在について理解していないとわかりにくいので予習すべき。明治憲法はそれ自体大変優れた憲法という評価もあるが、この「統帥権」の持つ危うさが現実となり、日本は対米戦に突入する。また、東条英機が、首相就任直後は戦争回避に努力していたのに、緒戦の勝利により考え方が変わっていく様子なども描かれている。

「トラ・トラ・トラ!」は、前半は、山本五十六指揮する日本の連合艦隊の作戦行動と、ハワイの米太平洋艦隊およびワシントンの米情報局が、対比的にスリリングに描かれる。後半は、CGではない本物の空襲シーンが圧巻である。当時の零戦、99式艦上爆撃機、97式艦上攻撃機などに似せて改造した実機が、実際の航空母艦(米空母レキシントンを日本側の赤城に見立てたもの)から発艦し、美しい編隊を組み、ハワイを奇襲する場面を撮影している。さらにほぼ実物大の戦艦長門のセットを海岸に組むなど、圧倒的なスケールでリアリズムを追求する姿勢は現在では考えられない。これは、20世紀FOXが、大ヒットして会社の経営を救った「史上最大の作戦」に倣い、巨費を投じたためである。また日米合作として日米双方を公平に描いている点でも画期的な作品。当初、日本側の監督は黒澤明だったが、そのあまりの完璧主義と、プロの役者でなく素人を起用したため撮影が遅延するなどの状況に米側が耐えられず、ついに監督降板となった。黒澤の後を引き継いだのは、舛田利雄と深作欣二である。

映画では、ワシントンの日本大使館による米政府への最後通牒(事実上の宣戦布告)の手交が約1時間遅れる経緯が描かれる。歴史的にはこれが原因で、結果的に真珠湾攻撃が「だまし討ち」となり、それまで反戦的だったアメリカ世論が「リメンバー・パールハーバー」のもと一気に対日戦に突入し、第二次大戦に本格的に参戦することになる。しかし映画では描かれていない史実もある。ワシントンの日本大使館が暗号電文解読や、公文書作成に手間取った直接的な原因として、その前夜、ある大使館員の転属送別会に大方の職員が出席したため人手不足になったことが指摘されているのだ。しかし、外務省はその事実を隠蔽しただけでなく、結果的に最後通牒手交が遅れたことに対しても誰も責任をとらなかった。以前、広島に原爆を落としたB29(エノラ・ゲイ)の搭乗員(原爆投下の様子をカメラに収めた人)が広島を訪問するドキュメントが放送されたのを見たが、原爆投下の正当性を問いかけたインタビュアーに対して、年老いたその搭乗員は「それを言うなら、我々にはリメンバー・パールハーバーという言葉がある」と答え、憤然としていた。つまり、先にだまし討ちでアメリカ人を大勢殺した日本は原爆を落とされても文句を言うな、原因を作ったのは日本の真珠湾攻撃だということだ。全てのアメリカ人がそう思っている訳ではないだろう。しかし、希望通り日本に先制攻撃を仕掛けさせ(それがハワイかフィリピンかはこの際置き)、しかも宣戦布告のない卑怯な攻撃だったというオマケまでついて、まさに目論見通りと喜んだF.ルーズベルトは別にしても、大方のアメリカ人の対日戦への思いは、この搭乗員とそれほど変わらなかったのではないだろうか。いずれにしても、日本が将来にわたって着せられた汚名は、永久に返上できない。本来その責任をとるべき外務省はこの事件の調査報告書も公開せず、今日に至っているのである。ところが、さらに悲しい事実は、その送別会の主人公、転属するはずだった外交官は、日米開戦を回避すべく、野村大使を補佐し、自分の娘の名前を暗号に使って連絡を取っていたとされる人物だったのだ。「トラ・トラ・トラ!」はそのことには触れず、どちらかというと米側の油断と、日本側の周到で決死的な攻撃を描いている。なお、映画のラスト近く、奇襲成功と見て、ハワイに致命的な打撃を与えないまま機動部隊が引き返したこと(日本側の決定的なミス)は史実だが、最後通牒の遅れからだまし討ちになったことを知って、山本五十六がその後の苦戦を暗示する場面は映画制作者のメッセージである。



そして2014年、昨年公開された「永遠の0」映画版が、BD,DVD化される(現時点で映画未見)。百田尚樹氏の原作ともども賛否両論ある作品だが、原作については、戦争(特攻)賛美などでは全くなく、当時の「」の姿を正直に描いているように思えた。主人公宮部とその周辺の人々を語り部として、日中戦〜真珠湾〜特攻〜敗戦までの、主として日本海軍が関わった航空戦を辿ることが出来る。「永遠の0」小説版は、エピローグでも有名な実話をモチーフにして描いているが、全編を通して、それまでに発行された多くのノンフィクション等に取材しているため、軍上層部やパイロットも実名で登場するなど、作り話ではないリアリズムが備わっている。宮部のエピソード以外で小説版で印象に残ったのは、新聞記者高山に対する武田の痛烈な批判や、戦後になり、元特攻隊員やその家族に対する手のひらを返したような差別があったことだ(この差別も、世間の噂、つまりは敗戦と同時に180度転向した新聞報道などが遠因になっていることを忘れてはならない)。特に、新聞記者(マスコミ)に対する批判は、実は前述の東宝映画「軍閥」(1970)の中でも、最も印象的なシーンとして描かれている。また、リメイクされた「聯合艦隊司令長官山本五十六」(2011)でも、さんざん戦争を煽りながら、敗戦後手のひらを返す新聞社が描かれていたが、マスコミ(大新聞やTV)を全面的に信用することがいかに恐ろしいことか気づくべきである。「永遠の0」映画版では、なぜか某大新聞社がスポンサーについたため、高山のエピソードが入ってないようで残念だが、原作を読んだり、映画「軍閥」を観てほしい。「軍閥」に登場するのは「毎日新聞社(東京日日新聞)」であるが、映画の登場人物のモデルになった勇気ある記者がいたことも事実だが、日中戦での悪名高き報道もその真偽とは別に、報道自体は事実である。

なお、今更だが、「永遠の0」の0(ゼロ)とは、日本海軍の零式艦上戦闘機(航空母艦搭載の戦闘機)のことである。「トラ・トラ・トラ!」では、整備員が「零式(れいしき)と呼称している。皇紀2600年(昭和15年)に海軍に正式採用となったので、末尾の0をとって零式と言う。西暦でも1940年で末尾は0だが、皇紀末尾00によったもの。米軍はゼロファイター、単にZEROなどと呼んでいた。日本でも「ゼロ戦」と呼んでいたことが知られて、「永遠のゼロ」はタイトルとしておかしくない。ちなみに、ゼロ戦を設計した堀越二郎は、三菱退社後、東大講師、防衛大教授、そして日本大学教授としてエンジニアを育成した。

機動警察パトレイバー the Movie 1989/機動警察パトレイバー2 the Movie 1993



原作ヘッドギアによる「機動警察パトレイバー」は、映像作品としては、初期OVA(1988)・劇場版第1作・TVシリーズ・新OVA・劇場版第2作(1993)・劇場版第3作からなり、他に雑誌連載漫画・小説版が存在するなど、いわゆるメディアミックスの先駆的作品。近未来(設定では1998)、人間が操縦する作業ロボット(LABOR)が街にあふれ、そのレイバーを悪用したレイバー犯罪を取り締まるため、警視庁に警察用パトロールレイバー(パトレイバー)を配備した特科車両二課(特車二課)が創設される。物語は、特車二課第2小隊の活躍や失態をメインに描かれるが、劇場版第1作と第2作は共に押井守が監督し、OVAやTVシリーズを観ていなくても楽しめる内容になっている。ただし、第2作は、シリーズの完結編的要素もあるため、第2小隊のそれまでの「歴史」を知ってから観た方がいいかもしれない。

押井守は宮崎駿と並び、海外でも評価の高い映像作家で、「GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊」(1995)がハリウッドの「マトリックス」に与えた影響は有名。「宮崎駿はビートルズ、押井守はローリングストーンズ」と評されることがある。
パトレイバーのデザインは「ガンダム」などの亜流だが、その世界観は大きく異なっていて、ある種のリアリズムを伴っている。その一つは、レイバーを、制作当初(1988年)普及が進んでいたパソコンになぞらえ、操縦者(パイロット)がディスク(MO?だとすれば当時の最先端メディア)に書き込まれた個人データ(操縦の癖を学習し蓄積したもの)を挿入して起動するという点。第2小隊に配備されている篠原重工製98式AV(通称イングラム)という機体の「98式」とは、劇中の採用年である1998年の末尾98に起因しているが、当時人気だったNEC製のパソコンPC-9801シリーズの「98」をも暗示しているのではないか。つまりパソコン上のワープロソフトが学習してより使いやすくなるのと同じ発想である。また、人間の作業を補助するレイバーの存在は、現在実用化がすすむパワードスーツに通じるものがある。押井守は、映画「エイリアン2」(1986)を観たときに、ロボットアニメの将来に悲観したと言っているが、これは、映画の中で、もはや実写としてパワードスーツが登場したからである。

劇場版第1作のテーマはコンピューターウイルス。映画には象徴的な建造物として、東京湾干拓事業であるバビロンプロジェクト推進のため、作業用レイバーの巨大洋上メンテナンス基地「方舟」(台風に襲われる)が登場する。これは旧約聖書にあるノアの方舟と、ノアの子孫たちが建てたバベルの塔の伝承に符合させたもので、ウイルスを仕掛けた犯人は自らをエホバに擬する。そして伝承では煉瓦とアスファルト(人間が生み出した技術)により人々は神をも畏れぬ巨大な塔を建設するのだが、逆に技術の結晶であるレイバーを用いていびつに発展した都市を破滅(ヨハネ黙示録を暗示)しようともくろむのである。また、「バベルの塔」伝説では、エホバが、人間が単一の言語を用いて集合し技術を生み出すことこそが危機であるとして人々の言語を多種に乱して世界各地に分散させようとするが、一方のウィルス=コンピューターで用いられる言語は、人間の言語に比べ実はきわめて単純であり、エンジニアにとっては単一の共通言語と言ってもいい。ここにも、犯人のアイロニーが表れている。
この劇場版第1作が制作された当時(1989)は、バブルによる地上げが相次ぎ、東京では古き良き町並みが次々に消えて行った時期である。映画ではそうした都市の風景がリアルに描写される。その、ある種醜悪な様相をバビロン=バベルに例え、エホバに擬した犯人と、特車二課第2小隊の戦いが描かれる。

第2作「P2」のテーマは都市(TOKYO)における「戦争状況」の現出。戦後日本の「平和」とは何だったのかを考えさせる点でまことに旬である。
陸上自衛隊でレイバーの開発・運用を研究していた柘植行人(つげ ゆきひと)=告げ行く人 は、試行的にカンボジアPKOに部下とともにレイバー隊として投入される。しかし、目前の敵の攻撃を予想できても、憲法及び自衛隊法、派遣に関する諸法案により攻撃が許されない(映画冒頭のこの場面は現実を反映している)ため、一方的に攻撃され、レイバー隊は壊滅、柘植は部下の全てを失う。一人生き残った柘植は、帰国後潜伏し、日本の現状を変えようとする同士とともに、密かに「決起」をうかがう。一方特車二課では、隊員たちもほとんどが異動し、課長補佐に昇進した南雲、第2小隊隊長のままの後藤、もはや古株となった隊員の山崎のみが、かつての「二課」の居残り組として、仕事よりもプライベートを優先させる新人隊員たちと、バビロンプロジェクトが終了してレイバー犯罪もめっきり減少した東京の警備にあたっていた。そんな時、ベイブリッジ上空に現れた1機のF16が事件の幕を上げる。
本作は初期OVAの傑作「二課の一番長い日」の延長線上にあるが、「一番長い日」が、226事件を彷彿とさせる単純な軍事クーデター(政府に要求を突きつけている)を描いたのに対し、本作では劇場版第1作でも見えた押井守の都市論や、現実の自衛隊カンボジア派遣(1992)問題、治安活動を行う警視庁警備部(後藤・南雲)と陸上自衛隊(荒川)の対立関係、そして決起部隊による東京の破壊(政府に対する要求は無し)の意味、極めつけは柘植と南雲の関係など、いくつものテーマが輻輳している。かつての第2小隊メンバーももちろん登場するが、作画監督(黄瀬和哉 きせかずちか)は、第1作よりもさらに大胆にキャラクターデザインをリアルに振ったため、OVAやTVシリーズとの違和感を感じたファンも多かった。 しかし、再結集した旧第2小隊隊員たちと、後藤や南雲、引退した榊らの「絆」は、先に述べたようにそれまでのパトレイバーシリーズを土台にして成立しているのである。

第1作、第2作とも現代に通じる内容で、テーマ的には古さを全く感じさせない。また映像的にも見所満載で、アニメ史に残る傑作だと思う。シリーズを通じて音楽は川井憲次が担当しているが、第2作「P2」のサントラは、これまた映画音楽史に残る傑作である。押井守作品としては上記の「GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊」などもオススメ。

2014年、ついにというか何というか、パトレイバーの実写版THE NEXT GENERATION パトレイバー」上映、BD・DVD発売が進行中である。しかし・・・押井守は実写に向かない監督だと思う。実物大レイバーを実写で観たい人はどうぞ


今回はここまで。