講義名 社会政策論 ≪□第一部≫
講義開講時期 通年
曜日・時限 火2
単位数 4

担当教員
氏名
今井 拓

学習目標(到達目標) 1.労働力商品の特徴や利潤率の法則を理解し、企業の利潤追求が労働・貧困問題を発生させることを説明でき、社会政策の意義を指摘できる。
2.福祉資本主義の4つの類型毎の社会政策の特徴を理解し、企業主義における社会政策の課題を説明できる。
3.剰余価値の概念と3つのカテゴリーについて理解し、社会政策が剰余価値のカテゴリーの構成を変化させ、福祉資本主義の諸類型を生み出すことを説明できる。
4.「脱商品化」と「脱階層化」の概念を理解し、福祉国家の機能について説明ができる。
5.社会政策を展開させてきた3つの社会運動について理解し、企業主義の福祉資本主義の改革の展望を論ずることができる。
授業概要(教育目的) 本講義は、政治経済学の方法により、社会政策の機能、意義、課題について説明する。まず、労働力商品の特徴や利潤率の法則の下で、企業の利潤追求が労働者問題、貧困問題を引き起こすこと、また社会政策の方向により、福祉資本主義の特定の類型が現れる事情を明らかにする。その際、日本の社会政策の特徴と企業主義の福祉資本主義の改革課題を指摘する。さらに、福祉資本主義を形成してきた社会的な力について説明する。最後に、現代の資本制社会の大きな変化から生じている新たな理論問題について解説し、社会政策論の今日的課題について説明を行う。
授業計画表
 
項目内容
第1回本講の立場と社会政策論の課題:経済学の4つの学派、マルクス経済学・現代資本主義分析派の福祉国家論
本講は、政治経済学の方法により、社会政策を研究していきます。政治経済学は、経済学の4つの流派(ミクロ経済学・マクロ経済学・マルクス経済学・制度学派)では、マルクス経済学に属します。4つの経済学の課題、方法について説明し、また、マルクス経済学内部の新たな学派(現代資本主義分析派)の問題意識を説明することで、本講の立場を明らかにします。その上で、本講の課題・テーマを提示します。『よくわかる社会政策』序・社会政策の考え方(2頁~13頁)を事前に読了・検討しておくこと。
第2回資本制社会の特徴と労働力の商品化への社会政策的対応:商品とは何か、労働力商品を使用した剰余価値の生産、賃金の本質から生じる労働問題・社会問題について資本制社会では、労働力が商品化され、その労働力を購入した資本家が、利潤の獲得をめざして、商品の生産・販売を行うことで、社会生活が維持・再生産されていきます。① 資本家の生産する商品の特徴(価格づけれらて市場で売買されるモノやサービスであり、使用価値と価値を持つ)、② 労働力商品とは何か(労働能力の使用権が時間を限定して貨幣を対価として譲渡される)。③ 労働力商品は、使用価値の生産・供給過程に投入されると可変資本となり、剰余価値を生みだします。
④ 労働力商品の価格としての賃金の特徴(価値通りの価格での販売、価値以下の価格での販売の両方とも大きな問題・矛盾がある)。『よくわかる社会政策』Ⅰ・賃金(28頁~41頁を)事前に読了・検討しておくこと。
第3回剰余価値と社会ファンド:剰余価値の3つのカテゴリーと社会政策による3つのカテゴリーの構成の変化
資本制企業は、労働力商品を生産過程に投ずることにより、剰余価値を生みだしますが、剰余価値は大きく3つのカテゴリーに分かれます。不生産的労働者(ホワイトカラー労働者等)の報酬、社会ファンド、利潤です。社会政策の根本的な機能は、剰余価値のこの3つのカテゴリーの構成を変化させることにあります。
第4回ブラック企業発生の原因と社会政策の課題:資本制社会における利潤追求の4つの方法とルール無視の利潤追求を規制する必要性
①ブラック企業の広義の定義は、利益の追求のために、法令や社会的ルールを無視して、労働者の権利を侵害する企業です。狭義の定義は、過酷な労働を強制して、特に若年労働者を酷使し、使い潰してしまう企業です。②狭義のブラック企業は、労働力商品の売買である雇用関係の枠組みを踏み越え、労働能力自体を損なっているのです。③ブラック企業の発生の根本的な原因は、ルールを無視した利潤の追求です。労働力商品の使用と売買に関わる企業の利潤追求には、主に4つの方法があります(労働時間の延長、労働密度の強化、不生産的労働者の人員削減、賃金の労働力の再生産費以下への引き下げ)。『よくわかる社会政策』Ⅱ・労働時間(50~51頁)、Ⅲ・雇用・失業(88頁~91頁)を読了・検討しておくこと。
第5回利潤率の2つの法則(利潤率の均衡化と利潤率の低下)が引き起こす社会矛盾の深刻化:福祉国家確立の必然性
① 利潤率は、利潤/投下資本×100%で定義されます。資本制社会において、利潤率には重要な意味があります。資本家・投資家は、利潤率の高低により、産業分野間や企業間で資金投下量を変化させるからです。そして、利潤率には、ふたつの重要な法則があり、この法則は、資本制社会の最大の矛盾である大量の失業者の発生の根本的な原因を明らかにしています。② 福祉国家確立の直接の目的は、大量の失業者の発生による社会問題を解決し、資本制社会を存続させることにありました。『よくわかる社会政策』Ⅲ・雇用失業(70頁~73頁)を読了・検討しておくこと。
第6回福祉資本主義の4つの世界:Esping-Andersen(1990)『福祉資本主義の3つの世界』、Esping-Andersenふたつの基準による福祉資本主義の類型化
資本制社会における労働問題・社会問題への対応は、資本主義を大きく変質させることになりました。労働者の労働と生活の状態を改善し、福祉を配慮した体制が現れたのです。このような資本主義の体制を福祉資本主義といいます。福祉資本主義の類型化を行って、今日の社会政策論に大きな影響を与えたのは、Esping-Andersenです。Esping-Andersenは、福祉資本主義を3つに分類しました。自由主義、保守主義、社会民主主義です。Esping-Andersenは、脱商品化と脱階層化の概念により、社会政策の目的・方向性を分類し、それに基づいて類型化をしました。しかし、脱商品化と脱階層化を両方とも行うことの無いもうひとつの類型が存在します。それが企業主義、日本を典型とする福祉資本主義です。企業主義における労働者福祉は、個別の企業への所属・従属を絶対的条件としおり、社会政策の積極的な機能が極めて弱い特殊な福祉資本主義と言えます。『よくわかる社会政策』序 社会政策の考え方(14頁~25頁)を読了・検討しておくこと。
参考文献。Esping-Andersen,1990,The Three Worlds of Welfare Capitalism.
Goodin,Headey,Muffels,and Driven,1999,The Real Worlds of Welfare Capitalism, Cambrige University Prees.
第7回自由主義の福祉資本主義:アメリカ型の社会政策の特徴・意義と問題点・課題
自由主義の福祉資本主義はアメリカを典型とし、「商品化」と脱階層化をめざす類型です。商品化とは、労働者・市民の市場への依存・従属が高く、福祉の享受のためには、労働市場への参加が絶対的な条件である状態を言います。脱階層化は、家族や地域、職域・産業自治、個別企業等の集団への所属とその集団における役割によるのではなく、市民や商品販売者という普遍的な役割によって福祉が提供される状態を言います。自由主義の福祉資本主義は、脱階層化のために、市場メカニズムを活用した。あるいは、市場を機能させるために、脱階層化を推進した福祉資本主義ということができます。アメリカにおける福祉資本主義の確立の意義は、南部のプランテーション制度という黒人労働者の奴隷的な従属状況を伴う階層化された資本主義を克服し、市場メカニズムを機能させることにより、労働者による自由な労働力商品の販売を実現した、という点にあります。しかし、自由主義では、階層化による弊害は無くとも、労働者の福祉は、労働市場の状況に絶対的に依存しており、労働者は資本家への強く従属しており、特に、労働市場で不利な立場にある労働者の福祉の水準は非常に低く抑え込まれています。参考文献。Theda Skocpol,1992,Protecting Soldiers and Mothers:The Political Origins of Social Policy in the United States, Harvard University Press.
Alston and Ferrie,1999, Southern Parternalism and the American Welfare States,Cambrige University Press.
川島正樹(2008)『アメリカ市民運動の歴史:連鎖する地域闘争と合衆国社会』名古屋大学出版会
第8回保守主義の福祉資本主義:ドイツ型の社会政策の特徴・意義と問題点・課題
保守主義の福祉資本主義は、階層化を維持するためにも脱商品化の社会政策を展開してきた類型です。ドイツやフランスを典型とし、家族、地域、職域のメンバーであることにより、福祉を享受する権利を保障されます。これらの階層毎の権利を保障し、各集団の機能を維持・強化するために、国家が大規模な所得保障や財政措置をおこないます(社会ファンドの大規模な確保)。介護保障を事例に解説します。『よくわかる社会政策』Ⅵ・社会保障(148頁~151頁)を読んで日本の介護保険制度の特徴や問題点を理解しておいてください。日本の介護保障と対比して説明をします。参考文献
Esping-Andersen(1990).Goodin et al(1999)
Kersbergen and Manow,2009,Religion,Class Coalitions,and Welfare States,Cambrige University Press.
斎藤義彦(1997)『そこが知りたい公的介護保険』ミネルヴァ書房
本沢己代子(1996)『公的介護保険-ドイツの先例に学ぶ』日本評論社
伊藤修平(2000)『介護保険と社会福祉』ミネルヴァ書房
結城康博(2008)『介護-現場からの検証』岩波書店
沖藤典子(2010)『介護保険は老いを守るか』岩波書店
第9回社会民主主義の福祉資本主義:スウェーデン型の社会政策の特徴・意義・到達点と課題
社会民主主義の福祉資本主義は、脱階層化と脱商品化の両方を追求してきた類型です。伝統的な家族と市場への従属からの市民の解放を目指して社会政策を展開してきたのです。この類型は、脱階層化で自由主義と共通していて、労働者の流動性の極めて高い社会をつくっています。また、脱商品化で保守主義と共通していて、所得保障と社会サービスを充実させるために、社会ファンドを大規模に確保しています。社会民主主義の福祉資本資本主義は、資本制社会の特徴や矛盾を大きく緩和・是正しており、資本制社会を根本から変質させている、と評価できます。参考文献。
竹崎孜(2004)『スウェーデンはどう老後の安心を生み出したのか』あけび書房。
小沢徳太郎(2006)『スウェーデンに学ぶ持続可能な社会』朝日新聞出版。
湯元健治・佐藤吉宗(2010)『スウェーデン・パラドックス』日本経済新聞社
高岡望(2011)『日本はスウェーデンになるべきか』PHP新書。
第10回日本の社会政策の特徴と課題Ⅰ:年功賃金制度
日本の福祉資本主義は、商品化と階層化という反社会政策、小さな福祉国家により特徴づけられます。その根幹に位置づけられるのが年功賃金制度です。年功賃金制は、戦間期に現われ、第2次大戦末期に確立しました。年功賃金とは、労働に対する対価としてでは無く、無限定・無制限の労働提供を本質とする身分関係への参加(人格的隷属)に対する対価として、家族と本人の引退後を含めた生活全般の所得保障を行うものです。戦後の年功賃金制度は、工場労働者に対象を拡大するなど、一部労働者の特権という特徴を減じましたが、個別企業に労働者を従属させ、また、年功賃金の分配を通じて、妻を夫に従属させ、介護・保育等の機能を担わせる等、労働者階級の内部、家族の内部に支配・被支配、優越・従属の関係を形成し、独特な不平等と格差のある社会を形成してきたのです。なお、年功賃金制度の崩れは、企業主義の崩壊とならざるを得ず、福祉資本主義の新たな類型への移行が、日本の社会政策の課題となっています。
第11回日本の社会政策の特徴と課題Ⅱ:最低賃金制度
最低賃金制度は、労働力の価値以下の賃金を無くし、労働力の再生産が可能となる賃金を保障するためにつくられたものです。最低賃金制度が有効に機能していれば、ワーキングプア―は存在する筈はないし、女性や青年だけが極端に低い賃金で働かされる、ということもないはずです。ところが、日本の最低賃金制度は、非正規雇用労働者の極端に低い賃金を是正するという機能しか果たしておらず、労働力の価値以下の賃金を合法化しています。企業主義の福祉資本主義と年功賃金を前提としてできあがっている歪んだ最低賃金制度であり、抜本的な改革が必要です。
第12回日本の社会政策の特徴と課題Ⅲ:労働時間制度
労働時間制度は、使用者の指揮・命令下に置かれ、雇用関係の中で絶対的に従属している労働者の健康を維持し、労働力の再生産を保障するために、利潤追求を目指すとき、必然的に発生する長時間労働を規制・根絶するために定められるべきものです。ところが、日本の労働時間規制は、労働基準法第36条に基づく労使協定(36協定)により骨抜きになり、野放しとされてきました。これは、企業主義と年功賃金の本質である労働の無限定・無制限の使用に係って生じた事態です。しかし、近年の企業主義と年功賃金の崩壊の下で、時間外労働や不払い残業を規制する社会政策が展開されてきています。『よくわかる社会政策』Ⅱ・労働時間(52頁~69頁)
第13回日本の社会政策の特徴と課題Ⅳ:非正規雇用制度
正規雇用労働者とは、ⅰ.直接雇用、ⅱ.雇用期間の定めが無い、ⅲ.フルタイム労働、の3つに当てはまる労働者のことです。非正規雇用労働者は、ⅰ.間接雇用(派遣労働)、ⅱ.有期雇用、ⅲ.パートタイム労働、のどれかひとつに当てはまる労働者です。彼(女)らは、福祉資本主義における労働者の権利や保護が及ばない、ないしは不十分な労働者です。非正規雇用労働者の拡大は、権利や保護を奪われた労働者の拡大を示しており、福祉資本主義の後退や変質を示しています。そこで、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の格差を是正する社会政策が求められることなります。オランダのパートタイム労働者とフルタイム労働者の均等化政策を紹介し、日本のパートタイム労働政策を対比することを中心に、日本の非正規雇用政策の問題点と課題について説明します。『よくわかる社会政策』(74頁~83頁)を読了・検討しておくこと。
第14回企業主義の福祉資本主義における社会政策の課題:労働者階級の分裂と対立、及び労働者階級の統一への展望
日本の企業主義の福祉資本主義は、「日本的経営」の三種の神器(終身雇用、年功賃金、企業別組合)を基盤に、日本企業の労働者支配・統合体制を維持・強化する社会政策が展開されることで形成されました。その肯定的な側面は、ⅰ.ある程度の規模以上の企業の正規雇用労働者は、雇用保障、生活保障があったこと、ⅱ.底辺労働者の賃金は、通常の労働力の再生産費を下回るものの、家族のメンバーの所得などで補われていたこと、ⅲ.ほぼ完全雇用に近い状態を達成することで、低福祉、小さな福祉国家を実現、社会ファンドを節約して、利潤を確保したこと、Ⅳ.その利潤から生産的労働者と不生産的労働者の少なくない部分に、労働力の再生産費を上回る報酬を与えたこと、です。その否定的側面は、利潤からの分配分を得ようと、多くの労働者が企業に統合・支配されることになり、労働時間規制や市民社会の倫理など社会的なルールや労働者の権利が侵害される状況が生じたことです。企業主義の功罪は、労働者の権利の確立、市民社会のルールの実現のためには、脱階層化と脱商品化の両方の社会政策の展開が必要であることを示しています。『よくわかる社会政策』Ⅳ・労使関係(92頁~111頁)を読了・検討しておくこと。
第15回中間のまとめ
まとめ
第16回ニードの諸概念とニード保障の政治学:現代国家の正統性の根拠はどこにあるか社会政策の最も重要な概念のひとつにニード(need)があります。ニードは、市民生活の継続に必要とされる客観的な条件のことで、ニードが実現されるということは、客観的・実体的に市民の状況が改善されることです。これに対して、ハピネス(happiness)-満足感・幸福感-は主観的・観念的に満たされることです。満足や幸福は、他者に対する優越や特権の享受によって生ずることもあるし、基本的なニードが満たされることによっても生じます。現代社会における労働問題や社会問題の拡大・深刻化は、市民の満足感・幸福感を損ない、社会や政治への不満や無関心を増大させます。現代の国家は、問題の深刻化に対応した適切な社会政策を展開することによって、その存立の正統性を獲得することができます。その根幹に、市民のニードの保障があります。ニードの諸概念と対応する社会政策について説明します。『よくわかる社会政策』Ⅳ・社会保障(132頁~137頁)を読了・検討しておくこと。 参考文献。
Robert E. Goodin,1988, Reasons For Welfare,Princeton University Press.
Hartley Dean,2010,Understanding Human Need,the Policy Press.
Fitzpatric(2011),Lister(2011)
第17回日本の社会保障制度の特徴と問題点Ⅰ:生活保護制度生活保護制度は、貧困状態に陥った人々を一般財源により救済する公的扶助制度です。日本の社会保障制度の特徴を、ⅰ.ほとんどのニードは社会保険制度によりカバーされていること、ⅱ.しかし、社会保険によるニード保障が不十分であるために、生活保護制度が極めて重要な役割を果たさなければならない位置にあること、ⅲ.それにもかかわらず、生活保護制度の実態は、労働無能力ないしは労働困難な極貧困層のみを対象とするものになっており、日本の社会保障制度の欠陥を象徴するものとなっていること、という風に整理することもできます。生活保護制度の理念と実態について説明します。『よくわかる社会政策』Ⅵ・社会保障(138頁~141頁)を読了・検討すること。参考文献杉村宏(2007)『格差・貧困と生活保護』赤石書店。
湯浅誠(2008)『反貧困』岩波書店
今野晴貴(2011)『生活保護』ちくま新書。
第18回日本の社会保障制度の特徴と問題点Ⅱ:年金・医療保障制度生活保護制度とともに、年金・医療保険制度も、企業主義の福祉資本主義の特徴が明確に表れています。それは、被雇用者と自営業者、正規雇用者と非正規雇用者、大企業と小企業で、給付内容や給付水準あるいは拠出水準が異なり、ニードの充足において、きわめて大きな格差が存在し、後者に属する人々は、社会保険制度だけでは、多くの場合、必然的に貧困状態に落ち込んでしまうということです。国民年金と厚生年金、健康保険と国民健康保険の制度間格差の実態とその意味について説明します。『よくわかる社会政策』Ⅵ・社会保障(142頁~147頁、152頁~157頁)を読了・検討しておくこと。
第19回「脱商品化」の経済学的及び政治学的・社会政策論的概念と福祉国家の役割
福祉国家の機能を理解するうえで重要な概念として「脱商品化」があります。「脱商品化」には、Claus Offeによる経済学的概念とEsping-Andersenによる政治学的・社会策論的概念のふたつがあります。経済学的概念は、労働力商品が市場から脱落(失業)することを意味し、労働力商品が「脱商品化」した場合も、市民生活の継続を保障することを福祉国家の機能としています。政治学的・社会政策的概念は、労働力商品が、モノ商品(あるいは奴隷)のように扱われ、労働者の権利が侵害されている状況を「商品化」と捉え、そのような状況を脱し、労働者の権利が確保された状態を「脱商品化」と捉えています。社会政策による労働者・市民の「脱商品化」は、労働者が処遇の改善等を求めて労働組合を結成し、資本家・使用者に集団的に対抗していくために、不可欠の基幹的条件とされています。したがって、福祉国家は、第1に、労働能力や労働機会を失った者の市民生活の継続を保障する「脱商品化」価値(社会ファンド)を剰余価値から確保すること、第2に、労働者の権利を保障する諸制度を構築すること、を基幹的な役割として持っているのです。参考文献。Esping-Andersen,1990,The Three Worlds of Welfare Capitalism
第20回社会政策の推進力Ⅰ:宗教運動による社会改革
社会政策を推進してきた社会的力としては、宗教運動、労働運動、市民権運動の3つがある。そのうち、宗教運動は、社会正義と人権擁護という福祉国家の根幹にかかわる理念の実現の為に大きな役割を果たしてきました。また、宗教運動は、キリスト教3派(カソリック、正統派プロテスタント、改革派プロテスタント)など宗旨の違いが、福祉資本主義の3つの類型を規定するなど、資本制社会の在り方と社会政策に大きな影響を与えています。保守主義の福祉資本主義をはじめとする福祉国家の確立における役割、近年のLiving Wages movementにおける役割についても解説します。参考文献。
John A.Ryan,1996,Economic Justice,Westminster John Knox Press.
Figart, Mutari,and Power,2002,Living Wages and Equal Wages, Routledge.
Kersbergen and Manow,2009,Religion,Class Coalitions,and Welfare States,Cambrige University Press.
第21回社会政策の推進力Ⅱ:労働運動による社会改革
これまでの福祉国家の確立にあたり、もっとも重要な役割を果たした社会運動は、労働組合運動でした。福祉資本主義の4つの類型に対応して労働運動の性格は大きく異なっています。労働運動の諸類型の特徴や課題を説明するとともに、近年の社会改革への動向を主導したとも評価できる社会運動ユニオニズムについて事例を紹介しながら、検討します。参考文献。
Paul Johnston,1994,Success While Others Fall:Social Movement Unionism and Public Workplace, ILR Press.
Richard Hyman,2001,Understanding Europian Trade Unionism:Between Market,Class and Society,Sage Publications.
第22回社会政策の推進力Ⅲ:市民(権)運動による社会改革
社会政策を推進してきた力のもうひとつは市民(権)運動です。社会全体を福祉国家の形成へ向かわせるほどのインパクトを持った典型的事例として、米国の黒人等マイノリティへの政治的社会的市民権の獲得を要求した市民権運動があります。市民権運動の性格、主要な市民運動組織の特徴と戦略、運動の発展と終息、社会政策的な帰結について説明します。また、市民権運動からベトナム反戦運動を経て、社会運動ユニオニズムへと至り、現在米国で、第二の福祉国家確立運動が生じている事情を説明します。参考文献。
Doug McAdam,1982,Political Process and the Development of Black Insurgency 1930-1970,The University of Chicago Press.
Aldon D.Morris,1984,The Origins of the Civil Rights Movement:Black Communities Organizing for Change,Free Press.
Charles S.Aoken,1998,The Cotton Plantation South:Since The Civil War,The Johns Hopkins University Press.
第23回経済のサービス化と社会政策の課題
経済のサービス化は、現代の資本制社会を大きく変質させた要因のひとつです。経済のサービス化は、①消費サービス、②生産サービス、③社会サービスの3つの部門の発展により展開されてきた。経済のサービス化の内実は、これら3部門の構成により全く異なることになる。この3部門の構成を規定するのも社会政策の方向性であり、60~70年代にサービス化を主導したのは、福祉国家による社会サービスの拡充だったのであり、80~90年代の社会サービスの市場化・民営化は、特に自由主義や企業主義の福祉資本主義の各国のサービス経済の在り方を大きく変容させました。参考文献。Daniel Bell,1999(1973),The Coming of Post-Industrial Society,Basic Books.
Bosch Lehndorff,ed.,2005,Working in the Service Sector:A tale from different worlds
第24回サービス労働論争:サービス労働は価値を生むかどうか、をめぐるマルクス経済学内部での論争マルクス経済学の研究者の間でサービス労働は価値を生むかどうか、をめぐって40年以上に渡って論争が続いてきました。現代資本制社会の理解や社会政策の意義にも直結する理論問題なので、この論争についての解説します。この問題をめぐって学説は大きく、ふたつの分かれます。「サービス=労働」と定義し、サービス労働の価値形成性を否定する立場(サービス労働価値非形成説)と「サービス≠労働」と定義し、サービス労働の価値形成性を認める立場(サービス労働価値形成説)です。この両説にはそれぞれ難点があり、お互いに批判が繰り返されてきました。サービス労働価値非形成説は、一般商品(モノ商品)とは異なるサービス(商品)の特徴を踏まえた学説ですが、現代のサービス産業資本の活動を分析することができません。従来のサービス労働価値形成説は、サービス産業資本の存在を踏まえた学説ですが、モノ商品とサービス商品の違いを分析することができません。そこで新たな学説(今井説)が提起されています。
第25回サービス商品の価値論的特徴について
経済のサービス化が資本制社会をどのように変容させるかを理解するためには、サービス商品の価値論的分析が必要になります。サービス商品は、ⅰ.価値対象性を持たない(労働過程から切り離された生産物が存在しない)、ⅱ.価値規定性(一定の使用価値を提供するために労働過程の一定期間の継続が必要であり、社会的に必要な労働量が存在する)、ⅲ.不確定性(ある価格で売買契約が成立したとしても、サービス提供過程が終了するまで価値が変動する可能性があり、したがって、支払い価格は不確定である)、の3つの特徴を持っています。これらの特徴をいくつかの事例を示して説明します。また、サービス商品のこれらの特徴が、資本制社会のあり方にどのような影響を与えるか、検討します。参考文献。
今井 拓(2007)「サービス商品の概念とサービス産業資本の範疇の既定のために」『立教経済学研究』第61巻第2号、227~245頁
今井 拓(2008)「サービス商品の価値論的特徴について-非価値対象性、価値規程性、不確定性」『季刊経済理論』第45巻第3号
第26回社会ファンドの縮減による社会サービスの変質:ナーシングホームの悲劇
社会サービスの市場化・民営化はふたつの目的で行われます。第1に、社会ファンドを縮減し、剰余価値のより大きな部分を利潤に実現しようとすることです。第2には、社会サービスの提供過程から利潤を得ようとすることです。後者の場合は、社会ファンドを拡充し、国家が営利企業にサービスの対価を価値通り支払わなければなりません。80年代以降、自由主義や企業主義の福祉資本主義において展開されてきた社会サービスの市場化・民営化は、第1の目的にたったものです。その弊害について、米国のナーシングホームを事例に説明します。
第27回ホワイトカラー労働者の労働の特徴と社会政策の課題:ホワイトカラー労働者の要求と労働者階級内対立の克服労働者階級の内部におけるホワイトカラー労働者の位置づけは、英米の社会学者等により、新中間階級やサービスクラスという枠組みで研究されてきています。従来のホワイトカラー労働者についての理論的研究について解説し、ホワイトカラー労働者の位置、要求と社会政策の課題について考えます。
第28回社会政策論の新たな潮流について:福祉国家に対する態度により、社会政策論の新たな潮流を分類することができる。①福祉国家を解体し、所有権と市場メカニズムの守護者としての機能のみに国家の機能を限定しようとするリバタリアニズム(新自由主義)、②市民への無制限の権利付与が、福祉国家の肥大化と社会的危機を招いたとし、権利とともにあるいは先んじて市民の社会的義務を強調する新コミュニタリアニズム、③ 福祉国家の解体が社会の危機を招いたとし、市場メカニズムの導入、福祉より労働を優先すること等の改革をすすめるニューレイバー主義、④ マイノリティ、女性・青年、非正規雇用労働者等が排除されていたことが、伝統的福祉国家の問題であったとし、これらの人々に社会保障と福祉を享受する権利を付与し、福祉国家を拡充することをめざす新ラディカル派。参考文献。Alan Deacon,2002,Perspectives on Welfare,Open University Press.
Dwyer(2004).Fitzpatrick(2005).Lister(2010).
第29回グローバリゼーションによる福祉資本主義の変質、崩壊と国家の正統性の危機。社会政策の今日的課題

グローバリゼーションの中で、福祉資本主義の各類型は異なる対応・変化を遂げてきました。とりわけ、企業主義および自由主義における社会保障や福祉の制度の変質がすすみ、国家の正統性の危機が生じています。国家の正統性の危機とならんで、市民社会のモラルの崩壊現象も現れはじめており、人格的な危機が社会問題として現れる状況です。つまり、現代の資本制社会は、経済的政治的文化的危機の中にあります。とりわけ、文化的人格的危機にまで深刻化していることが今日的な特徴と言えるでしょう。この危機と社会政策との関係を検討し、現代資本制社会の危機を克服する社会政策の今日的課題について考察します。
第30回まとめ
まとめ
授業形式 講義形式でおこないますが、受講生との双方向のやり取りを重視します。例年通り、リアクションペーパーによる応答は毎回行います。加えて、講義の冒頭、テーマに関わる質問を行い、挙手による回答となぜそう考えるのか、発言を求めることなど、授業形式の改善を模索します。
評価方法
定期試験 レポート 小テスト 講義態度
(出席)
その他 合計
60% 0% 30% 10% 0% 100%
テキスト レジュメと資料を配布。以下は参考文献。『よくわかる社会政策』2版ミネルヴァ書房、P.Dwyer,2008,Understanding Social Citizenship,PP
参考文献 T.Fitzpatorick,2003,New Theories of Welfare,Palgrave(P)
,2011,Welfare Theory,P R.Lister,2011,Understanding Theories and Consepts in Social policy,Policy Press(PP)
オフィスアワー(授業相談) 本授業終了後、本館2階講師室で20分間は対応しています。授業内で配布する指定アドレスに質問内容を明記し、連絡してください。オフィスアワーで対応するものには、その旨返信しますので、本館2階講師室に来てください。
事前学習の内容など,学生へのメッセージ 石畑良太郎・牧野富夫編著『よくわかる社会政策:雇用と社会保障』第2版の関連個所、配布資料、参考文献などの指定した箇所を事前に検討し、疑問・質問、自分の意見等を吟味しておくこと。日々新聞等を読み、社会政策に関わる問題意識を持って講義に臨むようにしてください。