講義名 比較経済体制論Ⅱ ≪大学院≫
講義開講時期 後期
曜日・時限 月3
単位数 2

担当教員
氏名
栖原 学

学習目標(到達目標) この授業(「比較経済体制論I」および「II」)では,1年間かけて,トマ・ピケティの『21世紀の資本』を読んでいく予定です。この本は,2013年にフランス語で出版された大部の経済書なのですが,翌年に英語版が出版されると,アマゾンで売り上げ1位になるなど,世界的なベストセラーとなりました。日本語版も2014年に出版されて評判になったので,ご存知の方も多いと思います。現在は,出版直後のブームもおさまり,冷静になってこの本に取り組むにはちょうど良い時期かもしれません。本書のテーマであり,現代経済における最大の課題の一つである所得分配と所得格差について,じっくり考えてみましょう。
授業概要(教育目的) 本書が専門書であるにもかかわらず,なぜベストセラーになったのでしょうか。おそらくそれは,現代において喫緊の問題である富と所得の格差拡大について,過去から現在に至るその推移,その発生原因,あるいはその是正策を,真正面から取り扱っているからなのでしょう。ピケティは,これまでの歴史的知見から判断して,資本主義には格差を拡大させるような持続的な力があり,対策を講じなければ格差拡大は今後も続くだろうと主張します。そして彼は,社会を破壊しかねないこの傾向を抑制するために,世界的な累進的資本課税を提案しています。この結論の妥当性をどう評価したらよいでしょうか。
授業計画表
 
項目内容
第1回前期授業の復習前期授業で読み進んだ『21世紀資本』の第8章までの内容を,簡単に復習し,後期の授業に備えます。
第2回第9章 労働所得の格差(1)とりわけ1980年代から米国で所得格差が拡大したのは,主として大企業経営者・重役たちが高額の報酬を受け取るようになった,すなわち労働所得の格差が大きくなったからでした。通常,経済学は,労働に対する報酬をその限界生産力で説明します。この理論によれば,社会的に需要が大きな技能をもつ技術者・専門家は高い報酬を得るはずですから労働所得に関する格差は広がります。これを避けるためには,教育への投資の拡大が必要になるでしょう。
第3回第9章 労働所得の格差(2)しかしピケティは,所得分配の限界生産力理論に必ずしも満足していません。たとえば,米国の経営者の報酬増加はとてもこの理論で説明できるものではないと考えられるからです。米国以外にも世界各国の労働所得の格差を調査したピケティは,各国における所得格差は,労働市場を管理する制度やルール(たとえば最低賃金制度など),あるいは歴史的に形成された社会規範に依存する部分が大きいと考えています。
第4回第10章 資本所有の格差(1)20世紀前半に,世界的に見て所得格差が減少した唯一の理由は,富とそれに基づく所得における格差の減ったことでした。20世紀から21世紀にかけて,再び富は集中する傾向にありますが,いまだに第一次大戦前の水準には戻ってはいません。フランスには,富の格差を時系列で調べるときにとても貴重な1791年以来の相続税と贈与税の記録が保存されています。これを見ると,19世紀を通じて富の80-90%は上位10%の人によって保有されています。また,実際のところこのような富の超集中は,英国でもスウェーデンでもほとんど変わりがないのです。
第5回第10章 資本所有の格差(2)実は,このような富の集中は,19世紀ヨーロッパだけでなく,古代,中世,近代の農耕社会においても広く見られたもののようです。このような富の集中と所得格差の存在を持続させるメカニズムはどのようなものでしょうか。ピケティはそれを,r > g という不等式で表しています。ここでrは資本利益率,gは経済成長率です。この不等式が成立すれば,所得全体に占める資本所得は上昇しますが,ピケティは歴史的事実としてこの式が成り立っていたと考えているのです。
第6回第11章 長期的にみた能力と相続富(資本)を蓄積するプロセスは二つ,すなわち労働と相続です。もしもr > g という不等式が永続的に成立するとすれば,労働に起因する貯蓄よりも相続の重要性が高まるでしょう。実際現在のフランスでは,相続は19世紀においてもっていた重要性をほぼ回復しています。そして,格差を拡大させる力としての相続の重要性の高まりは,どうやらフランスほど明確ではないかもしれませんが,他の諸国においてもみられるようです。
第7回第12章 21世紀における世界的な富の格差現代は,金融のグローバル化が著しく進んだ時代ですが,これがかつてない資本の集中を招く危険はないのでしょうか。様々な統計―フォーブズの世界富豪ランキングのようにあまりあてにならないものから,米国の大学基金の活動報告のように信頼できるものまで―によると,最近数十年において,世界の富は平均して所得より少し早めに増加しており,トップ層の富は富の平均値よりもはるかに急速に増加しています。つまり,世界的な富の階層のトップで見られる格差拡大の力は,すでに非常に強力になっているということです。しかしながら,たとえばタックス・ヘイブンにみられるように,富の分布に関するかなりの情報は不透明なままです。
第8回第13章 21世紀の社会国家(1)これまで見てきたことから明らかなように,近代以前から続いてきた格差の構造を一変させたのは,20世紀前半の出来事,とりわけ二回にわたる世界大戦でした。しかし21世紀初頭の現在,消えたと思われた富の格差は過去の最高水準に迫り,あるいはすでにそれを超えてしまったかもしれません。果てしない螺旋形の格差上昇を避けるための理想的な方法として,ピケティは,資本に対する世界的な累進課税を提案しています。その根拠を明確にするための基礎的な作業として,まず21世紀の富の生産と分配において果たすべき政府の役割から考え始めます。
第9回第13章 21世紀の社会国家(2) 19世紀においては,国民所得に占める税収の割合は1割以下,つまり文字通りの夜警国家でした。しかし,20世紀から21世紀への変わり目付近においては,多くの富裕国でその割合は30%(米国,日本)から50%(ヨーロッパ)ほどです。この増加分は,ほとんど「社会国家」の構築に使われました。つまり,増加分の半分の使途は保健医療と教育,残りの半分は代替所得(年金,失業保険)と公的扶助です。基本的な社会権に基づくこれらの支出は,現在いずれも問題を抱えており,その現代化は必須の課題です。
第10回第14章 累進所得税再考ピケティは,税の問題をあらゆる政治課題の中の最重要なものと考えており,課税を技術的な問題というよりは政治哲学の問題であるとしています。そして,現代社会国家における普遍的人権の論理は,累進課税の制度と調和すると考えています。第一次大戦中・大戦後の混乱した状況の中で一般化した累進課税(累進所得税と累進相続税)ですが,つまるところそれは,社会正義と個人の自由との理想的妥協として評価されてきました。しかし1980年以降,逆向きの動きが強まり,その結果現在では多くの国で税金は所得階層トップでは逆進的になっています。
第11回第15章 世界的な資本税前の二つの章では,民主主義がグローバル金融資本主義をコントロールするための手段として,20世紀に発明された社会国家と累進税制という二つの制度に注目しましたが,ピケティはさらに,21世紀においては,資本に対する世界的な累進課税という方法を提示します。彼は,これはもちろんユートピア的な発想に聞こえるかもしれませんが,この理想に段階的に到達することは可能であり,そのためには,金融の透明性の確保と各国による情報共有が大切だと指摘しています。
第12回第16章 公的債務の問題ピケティは,最終の第16章で,富裕国の公的債務の問題を扱っています。現在,世界の先進国はいずれの国も,対GDP比で,戦費調達に苦しんだ1945年以来の高い水準の公的債務を抱えています。これでは教育の充実や気候変動問題への備えなどの重要な政策課題に対処することはできません。ここでも彼は,巨額の公的債務を減らす最良の手段は,インフレでも緊縮財政でもなく,民間財産に対して一時的な累進資本税を課すことであると主張しています。
第13回「おわりに」テキスト「おわりに」の部分を読みます。資本主義は,格差拡大の力をもっており,これは放置すれば。民主主義社会やそれが根差す社会正義の価値観を脅かしかねません。この格差拡大の力を抑制する最良の方法は,資本に対する累進税の賦課であり,これによって蓄積の新たな機会を作る競争とインセンティブを保持しつつ,果てしない不平等のスパイラルを防ぐことができるのだ,ピケティはそう強調します。
第14回後期授業の総括後期の授業では,主として格差の拡大を抑制する方策についての議論が展開されました。ここでは改めて,その実現可能性を考えてみましょう。
第15回全体の総括ピケティの主張の全体像を十分理解したうえで,彼の議論をどう評価したらよいか考えます。
評価方法
定期試験 レポート 小テスト 授業への
参画度
その他 合計
0% 20% 0% 80% 0% 100%
テキスト トマ・ピケティ著『21世紀の資本』山形浩生・守岡桜・森本正史訳,みすず書房,5500円(2020年2月現在,古本で,3000円台)。
事前学習の内容など,学生へのメッセージ 世界と日本の経済の現状に関心をもつ諸君の参加を希望します。