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先生からのおすすめ本

私のおすすめ本

露口洋介 教授
Japanese Finance and Banking


(1)高度成長―日本を変えた六〇〇〇日
 日本のケインジアンの代表的存在である吉川洋さん(東大名誉教授、現立正大学教授)の1997年の名著が、加筆修正されて2012年に文庫本としてよみがえった。
 日本経済は1955年から1972年までのおおよそ6000日間、実質GNPが平均約10%で成長する高度成長を経験した。吉川さんは、高度成長前の日本の一般庶民の生活は江戸時代から続く古い伝統を色濃く残していたが、高度成長によって、日本人の生活様式は根本的に変化したと指摘する。例えばそれまでたたみの上でチャブ台で食事することが一般的だったのが、団地の普及などにより、ダイニングキッチンでテーブルで食事する様式に変化した。このような高度成長は農村から都市への人口移動と世帯数の増加、そして三種の神器とよばれる、洗濯機、冷蔵庫、テレビなどの耐久消費財の爆発的な普及による需要の増加を基底とした旺盛な設備投資によってもたらされた。そして、高度成長の終焉は、一般に言われているように、73年の第一次オイルショックによる原油価格の急騰が原因ではなく、人口移動の減速による世帯数増加の停滞と耐久消費財の普及の飽和によって需要の伸びにブレーキがかかったためであるとする非常に説得力のある指摘を行っている。文庫版で加筆された中国経済に関する記述では、中国では耐久消費財に対する需要はいまだ飽和しておらず、成長は続くと予測されており、これは本書出版の2012年時点においてまさに正しい予測であった。
 吉川さんは最近の著作である『デフレーション』(日本経済新聞出版社)や『人口と日本経済』(中公新書)において、日本経済にとって人口の減少は大きな問題ではなく、新しいモノやサービスを生み出す需要創出型のイノベーションこそが重要であると主張している。本書の分析はこうした主張のバックボーンをなすものといえる。熟読することをお勧めしたい。
吉川洋著 中公文庫 2012年

(2)日本銀行
 著者の翁邦雄さんは、日本銀行で金融研究所長を務め、その後、京都大学公共政策大学院教授に転じた。日銀在勤中から日銀エコノミストとして著名な方である。私の日銀時代の先輩であり、若いころに金融研究所で一緒に働かせていただいた経験がある。
 翁さんの著作には、最新刊の『金利と経済』(ダイヤモンド社、2017年)を含め数多くのおすすめ本があるが、今回は比較的学生にも親しみやすい本書を取り上げてみたい。
 本書は、題名が示すとおり、日本銀行について包括的に述べた入門書という位置づけの本である。しかしその内容は入門書の範囲を超えている。第3章では、日本銀行の歴史について述べられており、第4章では日本銀行の組織と業務について幅広く説明されている。そして第5章から最後の第10章までは日本銀行が行っている金融政策のこれまでの経緯と、本書執筆時に黒田総裁によって導入された異次元の金融緩和政策の意味とその効果、問題点について検討が行われている。なぜ日本銀行の大規模緩和にもかかわらず物価が充分上昇しないのかという疑問については、アメリカの経済学者クルーグマンの「ベビーシッター協同組合の寓話」を用いた説明が紹介されている。また、サージェントとウォレスの論文「マネタリストのある不快な算術」を用いて、中長期的な物価安定の鍵を握る最大の要因は財政の持続可能性であることが主張されている。著者の博学と深い洞察力によって、現在につながる日本の金融政策の課題とあるべき対応策が非常にわかりやすく説明されている。
 また、私にとっては第2章で述べられている主要中央銀行、例えば日本やドイツの中央銀行とアメリカの中央銀行の過去のトラウマの違いが、その金融政策判断に大きな違いをもたらしているという指摘は新鮮であった。
 日本銀行全般について理解するためにも、現在の日本の金融政策について理解し日本の将来を考えるためにも必読の書である。
翁邦雄著 ちくま新書 2013年

(3)物理数学の直観的方法
 長沼伸一郎さんの『経済数学の直観的方法−マクロ経済学編』と『経済学の直観的方法−確率・統計編』のシリーズの最初の一冊である。私には、これらの本の記載が正しいかどうかを判断する能力はないが、内容は非常に興味深い。
 まず、『マクロ経済学編』では、経済学と物理数学の関係が示される。例えば、アダムスミス以来の「神の見えざる手」による市場の自動均衡の発想が、天体力学の、特に惑星の軌道が自動的に安定するメカニズムを手本に作られたと述べられている。そして、現代マクロ経済学の動的理論も、ある変数とその変化率という2つの変数を扱う工学的な最適制御理論を応用したものであるとされる。
 そこから読者は『物理数学の直観的方法』の「やや長めの後記」に導かれる。そこでは、天体力学で解けない問題として「三体問題」というものが取り上げられている。太陽と地球などという2つの天体の未来の位置関係を計算することは可能だが、3つ以上の天体の相互の影響を計算して位置関係を求める「三体問題」は数学的に計算不可能であることが指摘される。幸い天体力学では太陽の質量があまりに大きいので太陽とそれぞれの惑星の2つの天体の動きのみを考えればよく、「三対問題」は回避できた。
 そして話は経済学に及び、個人の利益の最大化の総和が全体の利益の最大化に等しいという経済学の思想は、このような天体力学の状況を反映した結果であると主張される。実際の経済社会では個人がその利益のために良かれと思ってやったことが意外な波及効果でその個人に跳ね返ってくることはよくあるが、そうした「複雑系」の状況は「三体問題」と同じく数学的に計算不能であり、従って経済学でも回避される。要するに経済学は物理数学が発展する中で計算可能なことだけを扱ってきたということである。このような主張には疑問も反論もあろう。しかし、現在の経済学の背後にある思想や、経済学で分析できること、できないことについて改めて考えさせてくれる本である。一読の価値はあろう。
長沼伸一郎著 講談社ブルーバックス 2011年

 

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